

三浦恭資プロフィール
1961年1月9日佐賀県鳥栖市生まれ、
高校時代より自転車競技で活躍、卒業後大阪のナショナル自転車に就職、いきなり実業団大会で4位の成績を残して自転車の新生児として注目を浴びる、が生活環境の違いからその後低迷。
しかしながら日本一になる事を志し20歳で神奈川のミヤタ工業に移籍を決意。22歳の年の世界選手権を見て「俺もここで勝負してやる」と帰国後本格的にロード練習を始め、初出場の23歳の若さで日本のチャンピオンに輝く。ここから三浦の快進撃が始まり、「日本ではこれ以上強くなれない」と単身ヨーロッパに渡り武者修行。
帰国後生活難から競技を一時退き、大台ケ原の山の中で土木作業に従事し、1年のブランクをえて競技会に復帰した。2回目の日本のチャンピオンの座に返り咲き、プロアマ等して最多の5回の全日本チャンピオンに輝く。その間88年ソウルオリンピック代表やヨーロッパのチームで活躍1999年プロに転向、世界選手権8回日本代表、トラック世界戦代表と3種目での日本代表を経験。
1993年にはマウンテンバイクにチャレンジ、アジアチャンピオン3回、3回の日本チャンピオンで種目別8回の日本チャンピオンを手にする。それと同時に1996年アトランタオリンピック日本代表になりワールドカップ9位、パリルーべMTBで区間2位、ツールドフランスMTBでも多大な成績を残した。その活躍の場は日本に留まらず、チームの本拠地ベルギーやアメリカ等で行なわれるレースに参戦し世界で通用する日本人として世界をまたにかけ走ってきた。
2000年シドニーオリンピックは代表チームのコーチとして派遣される、その3年間にMTB日本チームの監督として日本に幾つもの金メダルをもたらす事に成功。
2005年中国北京オリンピックMTBコーチとしても依頼されたが、2006年シーズン半ばに日本ロード会を立てなおす為に監督に就任、U23チームを率いてアジアで大暴れしている。